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東京地方裁判所 平成4年(行ウ)33号 判決 1994年1月27日

原告

宮坂正明

被告

特別区人事委員会

右代表者委員長

横田政次

右訴訟代理人弁護士

山下一雄

右指定代理人

河合由紀男

高野洋一

金澤博志

横田明博

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告に対し平成四年一月一四日付でした裁決を取り消す。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  原告は、平成三年四月一日当時、江東区職員として勤務していたものであるが、江東区長は、右同日付で、原告を江東区厚生部東福祉事務所保護第一係から江東区土木部管理課労務係へ異動させる旨の転任処分(以下「本件転任処分」という。)をした。

2  原告は、同月二四日付で被告に対し、本件転任処分の取消しを求めて不服申立てをしたところ、被告は、平成四年一月一四日付で、本件転任処分が地方公務員法四九条一項に規定する不利益な処分ではないとして、同不服申立てを不適法として却下する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をした。

3  原告の職務の級は、本件転任処分前後を通じて三級職であり、給料表の適用も行政職(一)三級一九号給のままである。すなわち、俸給に変化はなく、減給又は降給等の措置はとられていない。

4  原告は、本件転任処分前から主任主事選考資格を有し、同処分後も同資格を有する。

5  本件転任処分前の勤務先である東福祉事務所の所在地は、江東区大島(番地略)であり、転任処分後の勤務先である土木部管理課は、江東区役所内にあり、同区(町名番地略)に所在する。右勤務地間の距離は約二・五キロメートルであり、本件転任処分による勤務地の変更は、千葉市高浜から通勤する原告にとって通勤時間に変動を生ぜしめるものではない。

6  原告は、本件転任処分前、東福祉事務所において主として生活保護に関する事務及び児童を保育園に入所させる事務に従事していた。生活保護に関する事務とは、生活保護関係法令に基づき、生活保護世帯に対する保護の開始及び変更等の事務を行うものであり、児童を保育園に入所させる事務とは、児童福祉法令に基づき、保育に欠ける児童を保育園に入所させる事務である。一方、原告は、本件転任処分により、土木部管理課に異動後、失業対策事業に関する事務、へい死犬猫に関する事務及び経理事務に従事することとなった。失業対策事業に関する事務とは、失業者就労事業就労者等に対する各種給付金の支給に関する事務であり、へい死犬猫に関する事務とは、道路に犬猫の死体が放置されている場合に、区民からの通報に基づき、処理委託会社にそれらの処理を委託する事務である。

二  争点

本件転任処分が、地方公務員法四九条一項に規定する「不利益な処分」に当たるか否か。

1  原告の主張

原告は、本件転任処分により以下のような不利益を被った。地方公務員法四九条一項所定の「不利益な処分」は、法律上の不利益に限られず、事実上の不利益をも含むものであるから、本件転任処分が右の「不利益な処分」に当たることは明白である。したがって、本件裁決の取消しを求める利益もある。

(一) 職員人事異動実施基準によると、原則的異動基準年限は五年であるのに、原告は四年で異動になった。平成三年四月一日付江東区役所の平職員異動総数約四〇〇件中、五年未満の異動はわずか四件であり、さらに、その四〇〇件中意に反する異動をさせられたのは原告のみであった。その結果、原告は、約四〇〇分の一の唯一の例として、日常的な職場生活において、「あいつは四〇〇分の一だ」と後指をさされる。一方で、職場には一〇年、二〇年も異動とは無縁という特権的な職員がいる。

(二) 江東区では、異動対象者には異動希望調書をとり、所属長によるヒアリングを行うなどの手続がとられているが、原告のみ本件転任処分前に異動希望調書やヒアリングによる異動手続を無視され、突然に異動内示があった。

(三) 原告は、東福祉事務所において、障害児への保育園への入所措置等の事務の処理方針を巡り、事務所長と対立し、職のうえで、また職を利用して行われていた差別と抑圧とに反対して、阻止と啓蒙を行っていたが、本件転任処分はこれを封じ込める意図で行われたもので、裁量権の濫用として違法である。すなわち、同事務所長は、障害児の保育園への入所申請に対し、特別に面接しない、粗暴な対応をして申請を放置する、陰で申請者宅訪問をして申請の取下げを要請する、定員のあきがあるのに四月を過ぎても入所させない、特別に「あっちへ行け、こっちへ行け」と指導するなどの差別的取扱いをしてきたため、これに対し、原告は、同事務所長の申請者宅訪問を実力で阻止しようとしたほか、差別的行動の改善要求を継続的に行ったが、江東区長はこのような行動をとる原告を特別に排除、制裁する目的で、五年という年限前に本件転任処分をしたもので、動機において不正がある。

2  被告の主張

(一) 本件転任処分は、原告の身分、俸給、任用上の地位、勤務場所及び勤務内容に不利益をもたらすものではないから、同処分は地方公務員法四九条一項に規定する「不利益な処分」には当たらない。

(二) 原告が主張するような事実が仮に不利益だとしても、それは事実上の不利益であり、本件転任処分の取消しの直接の効果として回復される法律上の利益ではないから、「不利益な処分」に当たらない。例えば、職員人事異動実施基準は、一般職員の異動について、原則として同一職場に五年以上勤務する者について行われ、また、基準に達しない者であっても特に異動を必要とする者についてはこれを妨げないと規定しているから、職員に対して一定の期間、同一職場に勤務する権利を付与したものではないことは明らかである。したがって、原告が本件転任処分により前の職場に勤務する権利ないし利益を侵害されることはおよそありえない。また、ヒアリング手続については、明文で規定されたことではなく、所属長が人事管理上必要と認めた場合に行うものであるから、異動対象職員がヒアリングを受ける権利を有するわけではない。したがって、原告が本件転任処分により、ヒアリングを受ける権利ないし利益を侵害されることはない。

(三) さらに、原告が主張する裁量権の濫用は、裁量処分の取消しを求める場合に、当該取消訴訟が適法であることを前提として、本案の審理において当該裁量処分が違法か否かを審査する一基準となるものであるから、「不利益な処分」に当たるか否かの判断において、裁量権の濫用の有無を論ずるまでもない。

(四) したがって、原告には本件転任処分の取消しを求める不服申立ての利益がない。そうすると、仮に他に裁決固有の瑕疵があるとして本件裁決を取り消したとしても、被告は、原告には不服申立ての利益がないとして、原告の不服申立てを不適法として却下せざるを得ないのであるから、本件裁決を取り消したところで、原告には回復されるべき直接的な法律上の利益はない。よって、本件訴えは、訴えの利益を欠き、不適法である。

第三争点に対する判断

一  本件転任処分は、前記争いのない事実に照らすと、いわゆる水平異動であって、原告の身分、任用上の地位、俸給等に変動を生じさせるものではないうえ、客観的、実際的見地からみても、原告の勤務場所、勤務内容に不利益を伴うものでないことが認められ、しかも、本件転任処分前の職務の方がその後の職務よりも忙しかったことは原告の自認するところであるから、地方公務員法四九条一項に規定する「不利益な処分」に当たらないというべきである。

これに対し、原告は、平成三年四月一日付江東区役所の平職員異動総数約四〇〇件中、意に反する五年未満の異動をさせられたのは原告のみであったことから、約四〇〇分の一の唯一の例として、日常的な職場生活において、「あいつは四〇〇分の一だ」と後指をさされ、本件転任処分により原告の名誉等を侵害されたと主張するが、仮にこのような事実が認められるとしても、それは事実上の不利益であって、本件転任処分の直接の法的効果ということはできず、処分が取り消され、元の職場に戻ることによって回復すべき法律上の利益が侵害される場合であることにはならないから、これをもって本件転任処分を不利益処分と解すべき特段の事情とは到底いえない。

また、原告は、その他、前記のとおり、本件転任処分により被ったとする不利益をるる主張するが、これらは要するに、原告のみが差別的、恣意的に本件転任処分を受けたとして、任命権者である江東区長の裁量権の逸脱、濫用を主張するものにほかならない。しかしながら、地方公務員法四九条一項所定の不利益処分の存在が取消訴訟の訴訟要件であることにかんがみると、その処分が任命権者に与えられた裁量権の範囲で行われたかどうかによって、当該転任処分が不利益処分となるか否かが左右されるものではないと解するのが相当であるから、この点において原告の主張は失当である。

二  ところで、行政不服審査法による不服申立ては、地方公務員法四九条一項所定の「不利益な処分」を受けた職員について認められるものであって、不利益処分を受けたものでない職員は、そもそも不服申立てをすることが認められないのであるから(同法四九条の二第一、二項)、原告は、本件転任処分については、行政不服審査法による不服申立てをすることが許されず、その不服申立ては不適法として却下を免れない。そうすると、原告は、本件不服申立てを却下した本件裁決の取消しを求める法律上の利益を有しないことになるから、本件裁決の違法性の有無につき判断するまでもなく、本件訴えは不適法として却下を免れない。

(裁判長裁判官 遠藤賢治 裁判官 飯塚宏 裁判官 佐々木直人)

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